若い頃より自分を理解できていた
20代の頃は、結婚について深く考えたことがありませんでした。
周りの友人も仕事に夢中だったり、結婚にあまり興味がなかったりして、私自身も「結婚」というものをどこか遠い存在のように感じていました。
20代後半から30代前半になると、少しずつ結婚の報告が増えていきました。
そしてその後は、出産の報告も。
友人から「子どもが生まれたよ」と連絡をもらうたびに、私はとても嬉しくなりました。
すぐに会いに行ったこともあります。
実は私は子どもが大好きです。
友人の子どもたちも本当に可愛くて、抱っこしたり、一緒に遊んだりする時間は幸せでした。
でも不思議なことに、
「私も子どもが欲しい」
とは一度も思いませんでした。
幸せそうな友人たちを見ていると羨ましく感じることはありました。
でも、その羨ましさは子どもが欲しいという気持ちとは少し違っていたように思います。
結婚して家庭を築き、誰かと人生を歩んでいる姿が眩しく見えていたのかもしれません。
そんな自分の気持ちがよく分からず、モヤモヤすることもありました。
転機になったのは、30代後半で婦人科系の手術を受けたことです。
病気そのものは手術で問題なく治療できました。
ただ、その時に初めて「妊娠」や「出産」というものを現実的な問題として考えることになりました。
手術後の説明の中で、
「ここから半年は、妊娠を避けてください」
と言われました。
半年後、私は39歳になっていました。
それまで遠い世界の話だった
「妊活」「不妊治療」「高齢出産」
という言葉が、急に現実味を帯びて聞こえるようになりました。
半年後の定期検診の際には、
「もしお子さんを望むのであれば、年齢的なこともあるので早めに動いた方がいいですよ」
という話もありました。
その時、私は初めて自分自身に問いかけました。
私は本当はどうしたいんだろう。
子どもが欲しいのだろうか。
今ならまだ間に合うかもしれない。
そう考えてみました。
でも、何度考えても、
焦りや後悔の気持ちは出てきませんでした。
むしろ、
「私はやっぱり子どもがいない人生を望んでいるんだな」
という気持ちの方がしっくりきたのです。
それは諦めではありませんでした。
自分の本心を、ようやく認めることができた瞬間だったように思います。
40歳で結婚した時の私は、若い頃よりもずっと自分自身を理解できていました。
だからこそ、自分にとって本当に大切なものを共有できる相手と出会えたのだと思っています。
無理をしない関係を築けた
小さい頃の家庭環境の影響もあると思いますが、私は昔から人の顔色をうかがう癖がありました。
怒らせないように。
嫌われないように。
場の空気が悪くならないように。
そんなことばかり考えていました。
その癖は、大人になってからの恋愛にも大きく影響していたと思います。
私は恋人に対して、自分の気持ちを伝えるのが苦手でした。
嫌なことがあっても、
「まあいいか」
と飲み込む。
本当は言いたいことがあっても、
「こんなこと言ったら嫌われるかもしれない」
と思ってしまう。
気が付けば私は、
“物わかりのいい彼女”
を演じていました。
わがままを言わない。
反対もしない。
何でも受け入れる。
そんな人でいようとしていたのです。
でも本当は違いました。
言いたいこともあったし、我慢していることもありました。
ただ、それを口にする勇気がなかっただけです。
これまでお付き合いしてきた方たちは、決して悪い人ではありませんでした。
むしろ優しい人ばかりだったと思います。
それでも関係が長く続くにつれて、どこか苦しくなっていきました。
相手にとって私は、
何でも許してくれる人。
何でも「いいよ」と言う人。
そしてきっと、
少し退屈な人だったのかもしれません。
どんなタイプの人とお付き合いしても、最後は似たような終わり方でした。
相手が退屈してしまうか、
私の我慢が限界を迎えるか。
いつもそのどちらかでした。
そんな恋愛ばかりを繰り返していました。
でも今の夫とは少し違います。
もちろん今でも、自分の気持ちを伝えるのが怖くなることはあります。
嫌われたらどうしよう。
面倒な人だと思われたらどうしよう。
そう思うこともあります。
でも、
「歩み寄ること」と「我慢すること」は違う。
そう考えられるようになりました。
今までは、
「少し気になること」も、
「本当に嫌なこと」も、
全部まとめて我慢していました。
でも今は違います。
「これは別に許せるな」
と思うことと、
「これは絶対に嫌だな」
と思うことを分けて考えられるようになりました。
そうなれた理由は、
夫が私の話をちゃんと聞いてくれる人だからだと思います。
私が
「これは嫌だな」
「こうしてくれると助かるな」
と伝えた時、
夫は不機嫌になったり、話を聞き流したりしません。
まず話を聞いてくれます。
そして、
「わかった。気を付けるね」
と言って、実際に行動に移してくれるのです。
その姿を何度も見てきたからこそ、
私も少しずつ本音を話せるようになりました。
私の良いところも。
面倒なところも。
不器用なところも。
全部ひっくるめて受け入れようとしてくれている。
そんな安心感があります。
今でも夫に直してほしいことを伝える時は、かなり慎重です。
感情的にならないように。
どう伝えたら誤解なく伝わるか。
どんな言葉なら相手を傷つけずに済むか。
頭の中で何度も整理してから話します。
元々、自分の気持ちを伝えることが得意ではない私にとって、それは今でも大切な準備です。
でも、そんな不器用な私でも、ちゃんと向き合ってくれる人がいる。
それは私にとって、晩婚だからこそ得られた大きな幸せのひとつだと思っています。
子どもがいなくてもいいと言ってくれた
夫と出会ってから、それほど時間が経たないうちに、私たちは子どもの話をしました。
今振り返ると、かなり早い段階だったと思います。
でも当時、私は40歳、夫は50歳。
お互いに人生の折り返し地点を過ぎた年齢です。
子どもを持つか持たないかは、人生を大きく左右する選択です。
だからこそ、もし将来を考えるのであれば、避けては通れない話だと思いました。
私は思い切って、自分の気持ちを伝えることにしました。
子どもの頃の家庭環境のこと。
結婚に前向きになれなかったこと。
そして、自分は子どもを持たない人生を望んでいること。
正直、とても緊張していました。
こんな話を聞いたら引かれてしまうかもしれない。
理解してもらえないかもしれない。
そんな不安もありました。
私が話し終わると、彼はしばらく黙っていました。
うん、うん、と頷きながら最後まで聞いてくれていたのに、言葉が出てこないのです。
その沈黙が、とても長く感じました。
私はその時、
「ああ、やっぱり難しい話だったかな」
と思いました。
きっと彼は子どもを望んでいるんだろう。
受け止めきれなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、緊張したまま彼の言葉を待っていました。
しばらくして、彼はゆっくりと口を開きました。
「こういうことって、言葉にするのがすごく難しいんだけどね」
そう前置きをしてから、
「子どもがいなくても、二人で楽しく過ごせたらいいんじゃないかな」
と言いました。
そして、
「二人で色んなところへ出かけたり、自由に暮らしたりできるしね」
と続けました。
私はその言葉を聞いて、驚きました。
そして同時に、心の底からホッとしました。
今思えば、彼が黙っていたのは困っていたからではなく、
私にどんな言葉をかければいいのか、一生懸命考えてくれていたからだったのだと思います。
私はそれまでずっと、
子どもを望まない自分は少数派なのだと思っていました。
だから、
「それでもいいんじゃない?」
と自然に言ってもらえたことが、とても嬉しかったのです。
その瞬間、
肩に入っていた力がすっと抜けたような気がしました。
そして、
この人とならうまくやっていけるかもしれない。
そんな気持ちが初めて芽生えました。
今思い返しても、あの日の会話は私たち夫婦にとって大きな転機だったと思います。
お互いの価値観や人生観を知り、
少しだけ心の距離が縮まった瞬間でした。
もしあの時、勇気を出して話していなかったら。
もし彼が違う答えを返していたら。
今の私はいなかったかもしれません。
だから私にとって、
「子どもがいなくてもいい」
という言葉は、
単に子どもの有無についての話ではなく、
ありのままの私を受け入れてもらえた、大切な記憶として心に残っています。
晩婚にも良いことはたくさんある
若い頃の私は、自分が結婚している姿を想像できませんでした。
ましてや子どもを産み、子育てをしている姿なんて、まったく思い描けませんでした。
だからずっと、
「結婚は私とは縁のないもの」
だと思っていました。
子どもの頃に経験した家庭環境の影響は、自分が思っている以上に大きかったのだと思います。
大人になるにつれて、
人付き合いが苦手だったり、
自分の気持ちをうまく伝えられなかったり、
人に甘えることができなかったり、
必要以上に我慢してしまったり。
そういう自分の性格に気付くようになりました。
そして、
「なぜ私はこんなにも生きづらいんだろう」
と悩む時期が長く続きました。
結婚どころか、
誰かと深く関わることそのものが苦手だったように思います。
そんなモヤモヤを抱えながら過ごしてきましたが、30代後半になってから少しずつ変化がありました。
たくさん失敗もしましたし、傷つくこともありました。
でも、その経験を重ねる中で、
自分の性格や考え方を少しずつ受け入れられるようになっていったのです。
もちろん今でも、
「もっと上手に生きられたらいいのに」
と思うことはあります。
直したいところもたくさんあります。
それでも、
完璧じゃない自分を認められるようになったことで、人との関わり方も少しずつ変わっていきました。
自分自身を理解できるようになったことで、
結婚というものを考える余白が生まれたのだと思います。
それまでは生きることに必死で、
未来のことや、自分の幸せについて考える余裕がありませんでした。
でも少し余白ができたことで、
「私はこれからどう生きたいんだろう」
と考えられるようになりました。
そして、
自分を理解できるようになると、
今度は誰かに理解してもらいたいと思うようになりました。
そんな理解者と人生を共に歩めたら幸せかもしれない。
そう思えるようになったのです。
今振り返ると、
20代や30代前半の私が結婚していたとしても、うまくいかなかったかもしれません。
自分自身のことを理解できていなかったからです。
自分を受け入れられていないのに、
相手を受け入れることは難しかったと思います。
年齢を重ねたことで、
物事を少し客観的に見られるようにもなりました。
人それぞれ違う人生があること。
幸せの形も人それぞれでいいこと。
そんな当たり前のことを、ようやく理解できるようになりました。
昔は、
周りの幸せそうな人を見て羨むばかりでした。
でも今は、
幸せは誰かから与えられるものではなく、
自分で掴みにいくものなのかもしれないと思っています。
40歳で結婚したことに、遅すぎたという気持ちはありません。
むしろ、今の私だったからこそ、
今の夫と出会い、
今の穏やかな暮らしを選ぶことができたのだと思っています。
晩婚だからこそ見える景色もある。
私はそう感じています。



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