私は子どもを持たない人生を選びました。
でも今でも、
羨ましい。
いいな。
私にもそんな未来があったのかな。
そう思ってしまう日があります。
嫉妬するたびに、
「私は本当は子どもが欲しかったのかな」
と、何度も考え直し、振り出しに戻ってしまいます。
子どもの話は、胸がチクッと痛む
私は現在41歳、友達と会えば必ず家族の話になります。
家族旅行の話。
卒業式の話。
反抗期で大変、なんて愚痴。
そんな話を
私は笑いながら聞いています。
「いいね」
「楽しそう!」
そう返しながらも、
心は少しザワつきます。
羨ましい。
でも、
羨ましいと思っている自分を、
誰にも知られたくない。
そんな複雑な気持ちになります。
子どもが欲しいわけじゃない。
でも、
誰かの人生の幸せそうな部分を見ると、
私にもそんな未来があったのかな、
と考えてしまいます。
SNSは、幸せだけを切り取って見せてくる
SNSを開けば、
生まれたばかりの赤ちゃん。
おそろいの親子コーデ。
家族3人で笑っている動画。
ママ友とのランチ。
子どもと一緒に作ったお菓子。
そこには“幸せ”というものが溢れかえっています。
愛情いっぱいで育っている子どもを見ると、
羨ましい気持ちになります。
嫉妬かもしれません。
そして、
少しだけ、
自分が置いていかれたような気持ちになります。
子どもが生まれて、
家族が増えて、
子ども中心の生活になる。
世の中には、
そういう人生が「普通の事」としてたくさん存在しています。
その光景を見るたびに、
私は時々、
子どもを持たない人生は、
“普通じゃない”
と言われている気持ちになります。
もちろん、
誰かにそう言われたわけではありません。
勝手にそう感じて、
勝手に傷ついているだけなのかもしれません。
でも、
SNSを見ていると、
世の中には幸せそうな家族が溢れていて、
私は時々、
自分だけが別の道を歩いているような気持ちになるのです。
嫉妬する私は、子どもを望んでいる?
嫉妬するたびに考えます。
私は、
本当は子どもが欲しかったのかな。
無理やり、
「いらない」
と思い込もうとしているだけなんじゃないか。
でも何度考えても、
やっぱり同じところに戻ってきます。
迷わないわけじゃない。
羨ましいと思う日もある。
もし違う人生だったら、
と思うこともある。
でも、
それでも私は、
安心して暮らせる人生を選びたい。
その気持ちは、
今も変わっていません。
誰かの人生を素敵だと思うことと、
自分の人生を否定することは、
別の話なんだと思います。
私と同じ人に、まだ出会ったことがない
私が子どもを持たない人生を選んだことが
「普通じゃない」と感じてしまう理由は他にもあります。
私は今まで、
友人や知人、
友人の友人の話まで含めても、
「子どもは望まないけど、結婚したい」
という人に出会ったことがありません。
みんな、
「子どもが欲しい」
と言います。
「子どもが欲しいから、早く結婚したい」
そう言います。
最近はマッチングアプリや結婚相談所を利用する人も増えました。
そういう話を聞いていても、
やっぱり前提にあるのは、
“いつか子どもを持ちたい”
という考えです。
私は、
結婚はしたい。
誰かと支え合って、
安心できる家庭を持ちたい。
でも、
子どもは望まない。
そんな考えを持っていました。
でも、そう話すと、
「子どもが欲しくないなら、結婚する意味ある?」
「ひとりの方が自由じゃない?」
と言われることがあります。
悪気はないんだと思います。
でも、
そう言われるたびに、
あぁ、
私は少数派なんだな、
普通じゃないのかな、
と思ってしまいます。
もちろん、
結婚して、
結果として子どもに恵まれず、
夫婦ふたりで暮らしている人はいます。
でも、
その人たちは、
もともとは子どもを望んでいた人たち。
私は最初から、
子どもを持たない人生を考えていました。
同じ夫婦ふたり暮らしでも、
考え方の根っこは違います。
だから時々、
私と同じように、
子どもは望まない。
でも結婚して、
誰かと穏やかに暮らしたい。
そう思っている人は、
本当にいるんだろうか。
と思うことがあります。
もしかしたら、
私の世界が狭いだけなのかもしれません。
私が出会っていないだけで、
世の中には、
同じように悩み、
同じように迷いながら、
暮らしている人がいるのかもしれません。
でも、
少なくとも今の私は、
まだその人に出会えていません。
だから時々、
少しだけ孤独を感じるんです。
ただ、
最近は思うようになりました。
普通かどうかって、
誰が決めるんだろう。
子どもを持つ人生も、
持たない人生も、
どちらが正解というわけではない。
私は私なりに悩んで、
考えて、
選んできた。
だから、
普通じゃなくてもいい。
私と同じ人が少なくてもいい。
そう思える日が、
少しずつですが、増えてきました。
「お子さんは?」と聞かれる未来が少し怖い
これから先、
誰かと知り合って、
何気ない会話の中で、
「お子さんは?」
と聞かれることもあると思います。
相手に悪気はありません。
自然な会話です。
だから、
責める気持ちはありません。
でも、
私はその度に、
少しだけ心を痛めるんだろうな、
と思います。
子どもがいないことを、
恥ずかしいと思っているわけじゃない。
でも、
「普通」と違うことを、
何度も確認されるような気持ちに、ほんの少しなる気がします。
感情はいつまで経っても揺れ動く
私は今でも嫉妬します。
羨ましいと思います。
頭ではわかっていても、感情というものには揺らぎがあります。
もし違う人生を選んでいたら、
どんな未来が待っていたんだろう、
と考える日もあります。
でも、
その答えは、
きっと一生わかりません。
だから私は、
今ある幸せを大切にしようと思います。
夫と笑ってご飯を食べること。
安心して帰れる家があること。
何気ない毎日を積み重ねていくこと。
嫉妬する自分も、
迷う自分も、
全部ひっくるめて、
これが私の人生なんだと思います。
今も私は、
私と同じ考えの人に出会ったことがありません。
だから時々、
「やっぱり私は普通じゃないのかな」
と思うことがあります。
でも、
もしこの記事を読んで、
「私も同じだ」
と思ってくれる人がいたら、
少し嬉しいです。
嫉妬してもいい。
迷ってもいい。
感情が揺れ動いてもいい。
それでも、
自分で選んだ人生を、
少しずつ好きになっていけたら。
私はそんなふうに、
これからも前に進んでいこうと思います。


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