子なし夫婦って寂しい?実際に暮らしてみて感じること

夫婦の暮らし

母に孫を見せてあげられなかった私の気持ち

20代、30代の頃ほど、「子どもはまだ?」と聞かれることは少なくなりました。
年齢のこともあって、周りも気を遣ってくれているのだと思います。

私の母は昔から子どもが大好きでした。
きっと孫の顔も見たかったと思います。

私は母に、
「私は子どもを持つことはないと思う」
「年齢的にも今から子育ては難しいと思う」
そんな話をしてきました。

母は少し寂しそうな顔をしていました。

30代前半の頃は、
「まだまだ大丈夫!」
「私だってあなたを産んだのは36歳なんだから」
とよく言っていました。

そのたびに、私はなんとも言えない気持ちになりました。

本当は、年齢の問題ではなかったからです。

私は昔から子どもを持たない人生を考えていました。

でも「子どもはいらない」と何度も口にするのは、自分にとっても母にとっても辛いことでした。
だから私は「年齢的に難しい」という言葉を選んでいました。

その方が誰も傷つかず、それ以上深く踏み込まれずに済むと思ったからです。

私が子どもを持たないと決めた理由は、子どもの頃の家庭環境にあります。

仕事もせずにギャンブルにのめり込んでいった父が、私の居場所を奪いました。
愛情に恵まれたとは言えない家庭で育った私は、
家族の温かさや、親になることへのイメージを持つことができませんでした。
自分が子どもを産んだとして、その子を心から愛せるのか。
その自信がどうしても持てなかったのです。

それでも、母に孫の顔を見せてあげたかった気持ちは今でもあります。

ただ、私が「子どもを持たない」と決めた理由を母に直接的に伝えたことはありません。

それを言ってしまうと、その家庭環境をつくった母を責めることになる気がしたからです。

母は女手一つで、必死に私と兄を育ててくれました。
そんな愛情たっぷりの母に、私は「愛情不足で育ったから」なんて、言えるはずもありません。
言わないことが、私なりの母への感謝の気持ちであり、愛情でした。

数年前、母が大病を患い、手足が不自由になった頃のことです。

母がぽつりと言いました。
「私の体がこんなんだから、孫がいたとしても面倒を見てあげることもできない」
私はその言葉に胸が締め付けられました。

思うように体が動かない悔しさ。
孫の顔を見たかった気持ち。
孫がいても面倒を見ることができなくなってしまった今、
無責任に娘に”孫が見たい”など言えないつらさ。

いろいろな感情が詰まった言葉だったと思います。

私は、母に孫を見せられなかった”罪悪感”のようなものも感じました。
母の老後の楽しみを奪ったような、そんな気持ちにもなりました。

でも、私はその時に決めました。

孫を見せてあげることはできないかもしれない。
でも夫と二人で幸せになる。

母に心配をかけない人生を歩こうと。

友達家族を見て羨ましくなる日

友達の子どもたちが成長していく姿を見ると、素直に嬉しくなります。

赤ちゃんだった子が小学生になり、
ランドセルを背負ったと思ったら、もう中学生。

時間が経つのは本当に早いなと思います。

私は、子どもが欲しいわけではありません。

でも、

「家族みんなで旅行に行った」
「娘の卒業式だった」
「息子から母の日にプレゼントをもらった」

そんな話を聞くと、
少しだけ胸がチクッとすることがあります。

羨ましい。

そう思ってしまう自分もいます。

時には大変そうだなと思うこともありますが、それでもどこか幸せそうに見えます。

そんな姿を見ていると、
「もし私に子どもがいたら、どんな人生だったんだろう」
「どんな母親になっていただろう」
と思うこともあります。

友達はこれから先、
子どもの結婚や孫の誕生を経験するかもしれません。

老後になれば、娘や息子と一緒に食事に行ったり、旅行に出かけたりすることもあるでしょう。
そんな未来を想像すると、少し羨ましく感じることがあります。

夫婦ふたりだけの人生は、やっぱり寂しいのかな…
10年後、20年後も、ずっと夫婦ふたりだけで生きていくのかな…

そんなことを考える日もあります。

でも、それはきっと私が友達の人生の「良い部分」しか見ていないからだと思うのです。

私は出産を経験したことがありません。
子育てをしたこともありません。
夜泣きや反抗期、進路の悩み、親としての責任や不安。

そういったものを本当の意味では知りません。

私は、どうしても幸せそうな部分ばかりを見てしまいます。

昔から私は、人と自分を比べてしまうところがあるんです。

羨ましいな。
いいな。

そう思うことは今でもあります。
でも最近は、

「私には私に合った幸せがある」

そう思えるようになってきました。

誰かの人生と比べるのではなく、自分が選んだ人生を大切にすること。
それが少しずつできるようになった気がしています。

子どもはいない。でも私たちには別の絆がある

「子は鎹(かすがい)」という言葉があります。

子どもがいることで夫婦の絆が深まったり、
家族としてのつながりが強くなったりすることを表した言葉です。

私はこの言葉を聞くたびに、
「じゃあ、子どもがいない夫婦はどうなるんだろう」
と思っていました。

私たち夫婦には子どもがいません。
だから、夫婦の間をつないでくれる鎹(かすがい)もありません。

もし関係が悪くなったら…
もし心が離れてしまったら…

将来、
夫に何かあったら…
私に何かあったら…

本当にひとりになってしまうかもしれない。
そんな不安は正直あります。

でも結婚してから思うようになりました。

夫婦ふたりだからこそ、今こうして一緒にいる時間を大切にしよう。

毎日の食事。
週末の買い物。
ドライブ中の会話。
たまの外食。
何気ない「ありがとう」

そんな小さな積み重ねで、少しずつ夫婦の絆を強くしていこう、と。

私たちは子どもがいない分、夫婦ふたりで向き合う時間がとても長いです。
良い意味でも悪い意味でも、ごまかしがききません。

楽しい時も一緒。
悩む時も一緒。
喧嘩した時も一緒。
将来の不安も一緒。

だからこそ、相手を理解しようとする努力が必要なのだと思います。

私たちは40歳と50歳で結婚しました。

価値観が違うこともあります。
ジェネレーションギャップを感じることも、幾度とあります。

お互い良くも悪くも、長い間ひとりで自由に生きてきました。
それなりに、こだわりがあったり、少し頑固な部分も持ち合わせています。

そんな二人が一緒に暮らし始めた時は、お互い戸惑うこともありました。
なんで?と苛立ちを覚えるような出来事もよく起こります。

でも、その”なんで?”をそのままにせず、私達はお互いを理解する為によく話し合いをします。
話しても話しても、平行線の時もあります。
それでも諦めず話し合っていくと、少しずつ相手の本音が見えてきます。

そんな風に思っていたんだ。
そんな考えもあるんだ。と。

話し合いは気力も体力も消耗しますし、
根気のいることです。
どちらかが、もういいや!と諦めてしまえば、そこで終わりです。

でも、私たちはお互いが納得するまで話し合います。
そして、お互いの”違い”について理解していきます。

考えやモノの見方、捉え方はひとそれぞれ違って当然!
違うからこそ、新しい発見があったりします。

最近は、その違いもまた”面白い”と受け入れるようになりました。

子どもがいないからこそ、
夫婦ふたりの関係そのものがこれからもっともっと大切になっていきます。

目には見えませんが、

信頼だったり、
思いやりだったり、
安心感だったり。

そんなものを少しずつ積み重ねながら、
私たちなりの絆を育てている途中です。

子は鎹(かすがい)と言いますが、

私たち夫婦にとっての鎹(かすがい)は、
毎日の何気ない会話や、一緒に過ごす時間なのかもしれません。

本当に寂しいのは、子どもがいないことじゃない

周りから、

「子どもがいないと将来寂しいよ」
と言われたことがあります。

「老後に面倒を見てくれる人がいないよ」
と言われたこともあります。

でも私は思うのです。

将来寂しいから子どもを産むわけではありません。
将来面倒を見てもらうために子どもを産むわけでもありません。

私にとって本当に怖かったのは、子どもがいないことではありませんでした。

“帰る場所がないこと”でした。

安心して帰れる場所。
自然体でいられる場所。
信頼できる誰かが待っていてくれる場所。

子どもの頃の私には、それがありませんでした。

だから今、
「おかえり」
と言ってくれる夫がいること。

一緒にご飯を食べる人がいること。

それが何より大切なのです。

子どもがいるかいないか、よりも、

帰りたいと思える場所があるかどうか。

私にとっての幸せは、
ずっとそこだったのだと思います。

子なし夫婦にも、ちゃんと幸せはある

40代と50代の夫婦。

老後のこと。
お金のこと。
親の介護のこと。

将来の不安は常にあります。

20代の頃に思い描いていたような、キラキラした新婚生活ではありません。
むしろ現実的で、生々しくて、考えなければいけないことばかりです。

もちろん今でも、
「もし子どもがいたら」
と考える日はあります。

全く迷いがないわけではありません。

でも、

あの時の自分が何度も悩み、
考え抜いて出した答えです。

だから私は、
自分の選択を信じて生きていこうと思っています。

「子なし夫婦は寂しいですか?」

そう聞かれたら、
私は今でも少し考えてしまうでしょう。

羨ましいと思う日もあります。
迷う日もあります。

でも、

安心して帰れる場所があって、
一緒にご飯を食べる人がいて、
今日あった出来事を話せる相手がいる。

そんな毎日を私は幸せだと思っています。

子どもがいない人生にも、ちゃんと幸せはある。

今はそう胸を張って言えます。

プロフィール
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はじめまして。41歳のumeco(女)です。

40歳で結婚し、10歳年上の夫と二人で暮らしています。

子どもの頃の私は、結婚するとは思っていませんでした。

家庭に良い思い出が少なく、「家族を作る」ということに前向きになれなかったからです。
ましてや子どもを育てるなんて、自分には無理だと思っていました。

そんな私が40歳で結婚し、今は夫と二人、ささやかな毎日を送っています。

贅沢な暮らしではありません。
老後の不安もありますし、親のことも気がかりです。

それでも、
「今日もふたりでご飯を食べられてよかったな」
そう思える日々があります。

このブログでは、子なし夫婦の日常や家計のこと、夫婦のこと、将来への思いなどを等身大で綴っています。

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