母が家からいなくなった日
母が73歳の頃、
大病を患いました。
8時間に及ぶ大手術。
手術後の母を見た瞬間、
私は涙が止まりませんでした。
顔はパンパンに腫れ、
苦しそうで、
今まで見たことがないくらい弱っていました。
2か月の入院を終えて、退院。
母の身体は以前とは違いました。
手足にしびれが残り、
一人で歩くことも難しくなりました。
私は思いました。
もう母は、
一人で暮らせないかもしれない。
私が最期まで支えていくんだ。
もちろん、
それは嫌じゃない。
でも、
その瞬間、
私は、
「あぁ、私にはもう自由はないのかもしれない」
と思ってしまったんです。
母は強い人だった
その後、
母は必死にリハビリをしました。
毎日散歩をして体を動かし、
週2回のリハビリにも、
一度も休まず通いました。
私は思いました。
やっぱり母は強い。
私の母は、
誰よりも強い人なんだと。
でも、
できなくなったことも増えました。
大好きだった裁縫。
着物の着付け。
細かい作業。
全部、
以前のようにはできません。
母は、
昔はいつも元気で、
誰よりもパワフルな人でした。
だからでしょうか。
手術をきっかけに、
なんだか急に、
小さく見えるようになったんです。
私が思っている以上に、
母は年齢を重ねていました。
考えてみれば、
母が元気に働いていた頃、
私と母が一緒に過ごす時間はとても少なかった。
朝早く出かけて、
夜遅く帰ってくる母。
私はそんな母の背中ばかり見ていました。
だから、
母との記憶が、
どこかごっそり抜け落ちているのかもしれません。
気づいたら、
母は70代になっていて、
気づいたら、
できないことが増えていて、
私は、
まるで母が突然年を取ってしまったような感覚になっていたのかもしれません。
大好きな母なのに、優しくできない
そんな母を見ていると、
私は時々イライラしてしまうんです。
理解力が落ちたこと。
注意力が落ちたこと。
何度も同じ話をすること。
「前にも言ったよね」
「なんでそんなことするの」
そんなトゲのある言葉を、
投げてしまう日があります。
本当に辛いのは、
母の方なのに。
それでも、
私は、
母が年を取ることを、
どうしても受け入れられないんです。
今思うと、
私は大人になってから、
反抗期が来たのかもしれません。
子どもの頃、
私は反抗できませんでした。
母は朝から晩まで働いていました。
疲れ切った母に、
わがままを言うことも、
反抗することも、
私にはできませんでした。
反抗したら、
母をもっと苦しめてしまう。
そう思って、
自分の気持ちをずっと押し殺してきました。
でも、
押し込めた感情は、
消えてなくなるわけじゃないんですね。
30代になって、
母と二人暮らしが長く続いて、
私は少しずつ、
子どもの頃に言えなかった気持ちを、
母にぶつけるようになっていました。
そっとしてほしい。
干渉しないでほしい。
一人になりたい。
でも、
そんなことを思う自分に罪悪感があって、
結局、
イライラという形でしか、
気持ちを表現できませんでした。
学生の頃に反抗期がなかった私が、
大人になって、
ようやく反抗していたのかもしれません。
弱音を吐く母を、受け止められなかった
今までの母は、
弱音を吐く人ではありませんでした。
辛いことがあっても、
文句を言わない。
どんな状況でも、
「なんとかなるよ」
と笑っている人でした。
だから私は、
母はずっと強い人なんだと思っていました。
でも手術をしてから、
母は少しずつ弱音を吐くようになりました。
「歩くのがしんどい」
「今日は手のしびれがひどい」
「あれもできない」
「これもできない」
「最近、頭がボーッとする」
そんな話を、
毎日のように聞くようになりました。
最初は、
「そうなんだ」
「大変だね」
と聞いていました。
でも、
同じ話を何度も聞いているうちに、
私は少しずつ、
うんざりしてしまったんです。
私に言われても、
どうしようもない。
そんな気持ちになってしまいました。
本当は、
ただ、
「辛いね」
って聞いてあげればよかったのかもしれません。
うんうん、と頷いて、
話を聞いてあげればよかったのかもしれません。
でも、
私にはそんな心の余裕がありませんでした。
イライラしそうになると、
「そろそろ寝るね」
と言って、
自分の部屋に逃げました。
母の話を、
途中で切り上げることもありました。
そんな自分が嫌でした。
だって、
私が一番大切にしたい人は、
母だから。
それなのに、
弱っていく母を前にすると、
優しくなるどころか、
私は現実から目を背けようとしていたんです。
母が弱音を吐くようになってから、
私は、
母の”老い”を、
見て見ぬふりできなくなりました。
明日、
母に何かあったら…
介護が必要になったら…
10年後、
もう母はいないかもしれない…
そんなことを、
初めて真剣に考えるようになりました。
私はずっと、
母を守ることを人生にしてきました。
もし母がいなくなったら、
私は誰を支えに、
生きていけばいいんだろう。
そんな不安が、
少しずつ大きくなっていったんです。
私は母を失うのが怖かった
ある時、
気付きました。
私が怒っていたのは、
母ができなくなったことじゃない。
母が弱っていくこと。
母との別れが、
少しずつ近づいていること。
それが怖かったんです。
私はずっと、
母を守ることを人生にしてきました。
そんな母がいなくなったら、
私は誰を支えに、
生きていけばいいんだろう。
私は、
母を失うのが、
怖かったんです。
母の老いが、私の人生を動かした
このまま母がいなくなったら、
私はひとり。
絶対に耐えられない。
そう思いました。
そして初めて、
私も誰かに支えてほしい。
そう思ったんです。
母を守ることだけじゃなく、
私自身の人生も、
諦めたくない。
そう思って、
重い腰を上げて動き始めました。
そして出会ったのが、
今の夫です。
母が年を取ったことは、
今でも悲しい。
受け入れられない日もあります。
優しくできない日もあります。
でも、
母の老いは、
私に、
自分の人生を生きる勇気をくれました。
だから私は、
母と過ごせる今を大切にしながら、
これからは、
私自身の人生も、
ちゃんと幸せにしていきたいと思っています。



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