私は時々、母に優しくなれません。
つい言葉が強くなってしまいます。
母が不注意でケガをしたと聞いた時。
毎日、
「今日は体が痛い」
「最近歩くのがしんどい」
と弱音を吐く時。
知らない人が家を訪ねてきても、
何も考えずに玄関を開けてしまう時。
同じ話を何度も繰り返す時。
私の話を最後まで聞かない時。
少し頑固になって、
人の意見を素直に受け入れなくなった時。
そんな母と話をしていると、
無性にイライラしてしまうんです。
「もっと注意しないと!」
「その話、前にも聞いたよ!」
「そんなこと言われても、私にはどうしようもない!」
「人の話をちゃんと聞いて!」
そんな強い言葉を、
母にぶつけてしまいます。
でも、
私は母が嫌いだから怒っているわけじゃありません。
むしろ逆です。
誰よりも大切だから。
母に何かあったらどうしよう。
転んで頭を打ったら。
変な人に騙されたら。
今よりもっと体が動かなくなったら。
そんな心配と不安が、
どうしてもイライラという形で出てしまうんです。
そして私はいつも、
夜になってから後悔します。
なんであんな言い方をしたんだろう。
もっと優しくできたはずなのに。
「親に優しくできない私は、
親不孝なんじゃないか」
そう思って、
何度も自分を責めてきました。
母は、私の人生を守ってくれた人
私の家は、
小さい頃から母子家庭でした。
正確に言えば、
両親が離婚するまでは、
父もいました。
でも父は仕事をせず、
ギャンブルにのめり込み、
家庭を壊しました。
母は、
父の分まで働いて、
私と兄を育ててくれました。
離婚後は、母ひとりで、
仕事を掛け持ちしながら、
命がけで私たちを育ててくれました。
本当に強い人です。
50代になってから、
保育士の資格を取得し、
定年後は、
ずっと憧れていた保育の仕事を始めました。
私よりも元気で、
私よりもパワフルで、
子ども達の話を楽しそうにする母を見て、
私はずっと思っていました。
母は、
いつまでも元気なんだ。
ずっと強いままなんだ。と。
母が急に小さく見えた日
そんな母が、
数年前、
大きな病気をしました。
首の神経を大きく傷めていて、
病院の先生から、
「今普通に歩いているのが不思議なくらい」
と言われました。
すぐに手術が必要でした。
8時間に及ぶ大手術。
約2か月の入院。
退院してきた母を見た時、
私は言葉を失いました。
なんだか、
とても小さく見えたんです。
今までの母とは、
まるで別人のようでした。
手足にしびれが残り、
思うように歩けない。
細かい作業ができない。
大好きだった裁縫も、
着物の着付けも、
絵を描くことも、
ほとんどできなくなってしまいました。
母は、
「こんなはずじゃなかった」
と思っていたと思います。
出来ないことが増えるたび、
少しずつ、
元気や自信を失っていったように見えました。
それでも、
母は毎日リハビリを続けています。
一度も諦めずに。
本当に強い人です。
でも、
私は、
そんな母をうまく受け止められませんでした。
母が弱ってしまったことが受け入れられないのか…
いや、そうではないかもしれません。
母が元気に働いていた頃、
私がまだ学生だった頃、
私たち家族は、
一緒に過ごす時間がほとんどありませんでした。
朝早く出かけて、
夜遅く帰ってくる母。
一緒にゆっくり御飯を食べた記憶もあまりありません。
母との記憶がごっそり抜け落ちているのかもしれません。
気づけば母は70代を迎えていました。
出来ないことが増えていく母。
私はまるで母親が突然年をとってしまったような感覚になりました。
その“突然”の変化に、私の心が追い付いていかなかったんだと思います。
弱音を吐く母を、受け止められなかった
今まで母は、
弱音を吐く人ではありませんでした。
でも最近は、
「歩くのがしんどい」
「今日は手がしびれる」
「あれもできない」
「これもできない」
そんな話を、
毎日のようにするようになりました。
最初は、
「そうなんだ」
「辛いね」
と聞いていました。
でも、
同じ話を何度も聞いているうちに、
私は少しずつ、
うんざりしてしまったんです。
私に言われても、
どうしようもない。
そんな気持ちになってしまいました。
本当は、
ただ、
「辛いね」
って寄り添ってあげればよかった。
うんうん、と頷いて、
話を聞いてあげるだけでよかった。
でも、
私にはそんな心の余裕がありませんでした。
イライラしそうになると、
適当に話を切り上げて、
自分の部屋に逃げました。
母から、
何度も逃げました。
そんな自分が、
嫌で嫌でたまりませんでした。
大人になってからの反抗期
子どもの頃、
私は親に反抗することができませんでした。
父は家庭を壊し、
母は朝から晩まで働いていた。
疲れ切った母に、
わがままなんて言えなかった。
反抗なんてできなかった。
私はずっと、
いい子でいようとしていました。
でも、
押し込めた様々な感情は、
消えてなくなるわけじゃないんですね。
40歳を過ぎた今、
私は、
子どもの頃にぶつけられなかった感情を、
今さら母に必死でぶつけている気がします。
母の前では、
私はいまだに子どものままなんです。
私が怖いのは、母の老いじゃない
私は、
母が弱っていくことを、
受け入れられません。
母は、
ずっと元気でいて当然。
強くて当然。
そう思っていました。
でも、
その当たり前が、
目の前で崩れていく。
それが怖かった。
母の最期が、
少しずつ近づいていること。
もう長く一緒にはいられないかもしれないこと。
それが怖くて、
受け入れられなくて、
私は怒ってしまうんです。
優しくできないのは、愛がないからじゃない
私は、
母に優しくできない自分を、
ずっと親不孝だと思っていました。
でも最近、
少し違うのかもしれないと思っています。
優しくできないのは、
愛情がないからじゃない。
むしろ、
愛しているからこそ、
老いていく姿を受け入れられない。
母との別れを、
まだ覚悟できていない。
ただ、
それだけなんじゃないかって。
いつか、
母の老いを、
自然に受け入れられる日が来るのか。
私にはまだ分かりません。
もしかしたら、
最後まで受け入れられないのかもしれない。
だって、
私は今でも、
母には、
ずっと元気でいてほしいと思っているから。
でも、
母と過ごせる時間には限りがあります。
だから、
後悔しないように。
今日は少しだけ、
優しい言葉をかけてみようと思います。
母の前では、
私はいつまで経っても子どものまま。
それでも、
いつか、
母を優しく包み込めるくらい、
大人になれたらいいな。
そう思っています。



コメント