母を残して幸せになっていいの?40歳の私が結婚を決意するまで

40歳からの婚活

今まで、
結婚なんて、
自分には関係ないと思っていました。

母を守ることが、
私の人生だったから。

結婚したい。

そう思ったことが、
なかったわけじゃありません。

でも、
私が家を出たら、
母はどうなる?

結婚して、
私だけ幸せになるなんて許されるの?

その答えが出せずに、
気づけば40歳になっていました。

母を守ることが、私の人生だった

母を守ることが私の役目。

それが、
最大の親孝行だと思っていました。

母が命がけで私たちを守ってくれていたように、
私も、
命をかけて守り続けなければならない。

私はずっと、
そう思っていました。

そう思い込んでいたのかもしれません。

母を一人にすることは親不孝。
自分の未来を優先してはいけない。
ひとりで幸せを掴もうとしてはいけない。

そんな風に思っていました。

なぜ、
こんな考えになってしまったのか。

私たち家族の関係は、
犠牲の上に成り立っているわけではないはずです。

でも、
「犠牲」
という言葉は、
ずっと私の頭の中にありました。

私は小さい頃から、
苦労の絶えない母を見続けていました。

母は、
幸せではない人。
かわいそうな人。
苦労ばかりの人生を送ってきた人。

そんな風に、
母を見てしまっていたんです。

だから、

これ以上不幸にしてはいけない。
これ以上苦労させてはいけない。
かわいそうな思いをさせてはいけない。

そう思い込んでいました。

母を守ることは、
私にとって愛情でした。

でも、
いつの間にか、
それは

「自分の人生を後回しにする理由」
にもなっていたのかもしれません。

母の言葉を、私は信じきれなかった

母は、
自分が苦労したことを否定しません。

でも、
父と結婚したことを、
後悔していませんでした。

それは、
私と兄がいるから。

昔、
母が言ったことがあります。

「どうにもならないお父さんだったけど、
あなたたちに出会わせてくれたから、
それだけで良かった。」

私は、
その言葉が嬉しかった。

でも、
どこかで思っていました。

本当は、

強がっているだけなんじゃないか。
私たちに心配をかけないように、
無理しているんじゃないか。

だから私は、
ますます、

母を一人にしてはいけない。
守り続けなければいけない。

そんな責任を、
自分に背負わせていました。

母をひとりにする罪悪感。
自分だけ幸せになるのは裏切り。
結婚=母を見捨てること。

母が苦労してきたように、
私も苦労を背負うべきなんだ。

そんな、
少し歪んだ考えに、
私は縛られていました。

「私が幸せになっていいのかな」

私が、こんな思いを抱えていることを
母に伝えたことはありません。

でも、
ある日、思いが溢れて
友達にポロッと本音をこぼしたことがあります。

「私が幸せになっていいのかな」

すると、
友達は言いました。

「自分の娘が幸せになることが、
お母さんの一番の幸せだよ。」

20代の頃だったら、
綺麗ごとに聞こえていたかもしれません。

でも、
その言葉をくれた友達は、
私と同じ歳で、
二人の子供を育てている母親でした。

そして、
こう続けました。

「もし自分の娘が、
私のせいで苦しんでいるなら、
私は耐えられない。」

「娘が幸せになってくれたら、
それでいい。」

私は、
泣きそうになりました。

今まで、

誰にも言えなかった。
言ってはいけないと思っていた。

でも、
私の苦しさを、
否定せずに受け止めてくれる人がいた。

それだけで、
肩の荷が少し下りた気がしました。

誰にも相談できず、私は少しずつ苦しくなっていった

私はずっと、
「母を守る」

そのことしか考えてきませんでした。

少し頑なになっていたのかもしれません。

人には話しづらい家庭環境。

母への感謝と、
自由になりたい気持ち。

愛情と罪悪感が、
ぐちゃぐちゃに混ざった感情。

そんなものを、
誰かに相談することなんてできませんでした。

だから私は、
ずっと一人で考え続けました。

一人で悩んで、
一人で結論を出して、
一人で苦しくなっていました。

その結果、
私はどんどん、

「母を守るのが私の使命」
という考えに執着していった気がします。

もし、
ほんの少しでも、
誰かに気持ちを話していたら。

「こんな考え方もあるんだよ」
そう教えてくれる人がいたら。

私の世界は、
もう少し早く広がっていたのかもしれません。

でも私は、
誰にも、
自分の心の内を見せることができませんでした。

だから、

少しずつ、
少しずつ、
闇の中に迷い込んでいったんだと思います。

自分の気持ちに、
正直になることが怖かった。

本当は自由になりたい。
本当は誰かに甘えたい。

本当は、
幸せになりたい。

そんな気持ちを認めてしまったら、
今まで必死に押し殺してきた感情が、
一気に溢れてしまいそうで怖かったんです。

だから、
自分の気持ちも、
見て見ぬふりをしました。

我慢すること。
気持ちを押し殺すこと。

それが、
子どもの頃からの私の癖になっていました。

そして、
そんな私の前に、

突然、
母の老い、
という現実が突きつけられました。

母の老いが、私に問いかけてきた

そんな中で、
母が病気になりました。

日に日に弱っていく姿を見て、

私は初めて、
自分の人生について考えるようになりました。

私の人生は、
母の人生のためだけに使っていいのか。

私は、
ずっと誰かを支える側でした。

でも本当は、
支えが欲しかった。

「大変だったね」
「よく頑張ったね」

って言ってほしかった。

甘えたかった。
弱音を吐きたかった。

守られる感覚を、
知りたかった。

私は、
家庭というものに、
良いイメージを持てずに生きてきました。

家族には、
しがらみがある。
わずらわしさがある。

だったら、
わざわざ家族を作る必要なんてない。

そう思っていました。

でも、
母を失うかもしれない。

そう思った時、

私は初めて、
家族がいることのありがたさに気づき始めました。

家族がいるから、
頑張れる。

家族がいるから、
楽しい思い出がある。

家族がいるから、
助けられている。

私は、
そんな当たり前のことに、
気づかずに過ごしてきてしまったんだと思います。

母は母。私は私。

私は、
母を失って、
一人になることが怖かった。

支える人がいない。
支えてくれる人もいない。

そんな未来を、
どうしても想像できませんでした。

私は、
家族が欲しかった。

でも、
また誰かの人生を背負うことになるんじゃないか。

また、
自分を後回しにする人生になるんじゃないか。

そんな怖さもありました。

誰かと生きたい。

でも、
誰かと生きることが怖い。

家族に憧れているのに、
家族に傷ついてきた私は、

どうやって幸せになればいいのか、
わからなくなっていました。

私は、
結局、

誰かに頼らないと生きていけない、
弱い人間なのかな。

そんなことも考えました。

一人で生きていく覚悟もない。

でも、
ずっと一人で頑張るのも苦しい。

そんな自分を、
私はなかなか受け入れられないでいました。

それでも、
誰かと一緒に生きたい。
誰かに寄り添っていてほしい。

そんな気持ちは
少しずつ確実に膨らんでいきました。

私は、
ずっと我慢してきました。

自分の気持ちに正直になること。
誰かに頼ること。
幸せを望むこと。

それがどこか、
悪いことのように感じていたんです。

でも、
母の老いと、
自分自身の年齢を重ねていく中で、

思うようになったんです。

今までは、
母と兄と私の三人が家族だった。

でも、
これからは、
私が家族を作りたい。

母は母。
兄は兄。

そして、
私は私。

私の人生は、
私のもの。

誰のものでもない。

そう思えるようになるまで、
私は40年かかりました。

40歳。私は初めて、自分の人生を選んだ

母を愛している。

だからこそ、
私も幸せになっていい。

そう思えるようになった時、

私は初めて、
「結婚したい」
と思いました。

誰かに幸せにしてもらいたい、
という意味ではありません。

誰かと一緒に、
泣いたり、
笑ったり、
支え合ったりしながら、
人生を歩いてみたい。

そう思ったんです。

当時40歳。

恋愛経験も少ない。

結婚なんて、
もう自分には縁がないと思っていた。

そんな私が、
人生で初めて、

「母のための人生」ではなく、
「私自身の人生」を選ぼうと思いました。

母を愛していることと、
私が幸せになることは、

きっと、
両立していい。

そう思えたからです。

そして私は、
人生で初めて、
結婚相談所の扉を叩きました。

自分の人生を生きようと決めた瞬間でした。

次回は、
40歳の私が、
人生で初めて結婚相談所に入った日のことを書こうと思います。

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