結婚相談所に入会した日。
私は少しだけ、
未来に希望を持っていました。
40歳。
決して若くはない。
それでも、
「誰かと生きていきたい」
そう思って、
勇気を出して踏み出した一歩でした。
カウンセラーの言葉にも救われて、
もしかしたら私にも、
まだ出会いがあるかもしれない。
そんな風に、
少しだけ前向きになれていたんです。
でも――
現実は、
私が思っていたよりもずっと厳しくて…
私は婚活を通して、
自分自身に、
失望することになりました。
これは、
40歳で結婚相談所に入会した私が、
初めて経験した、
苦くて、
辛くて、
虚しくて、
惨めな
そんな話です。
でも今では、
その辛い経験も絶対に無駄じゃなかったと言えます。
私の譲れない条件は、出会いの数を一気に減らした
結婚相談所に登録すると、
何千人という男性のプロフィールを見ることができます。
顔写真
年齢
年収
仕事内容
身長・体重
家族構成
結婚歴
学歴
居住地
子どもを希望するかどうか、
趣味や休日の過ごし方まで。
プロフィールを見るだけで、
その人の人生の輪郭が、
ある程度見えてきます。
もちろん条件で検索もできます。
私の場合、
母のこともあるので、
遠方へ嫁ぐつもりはありませんでした。
だから、
相手の居住地はできるだけ隣接した県。
年齢は、
40〜45歳くらい。
この条件で絞った場合、600人以上の男性がいました。
ただ、
私は
「子どもを持たない人生」を望んでいます。
だから、子ども希望の有無の欄で
「子どもを希望しない」
もしくは
「どちらでもよい」
を選択して登録している男性だけで
検索してみました。
すると、
600人以上いた男性が、
一気に200人ほどになったんです。
私は、
まずそこにショックを受けました。
あぁ。
やっぱり、
子どもを望んでいる男性が
圧倒的に多いんだ。
私の望む人生は、
少数派なんだ。
まだ誰とも会っていないのに、
なんだか孤独を感じてしまいました。
選べる立場じゃない。そう思いながら、私は相手を選んでいた
それでも、
一人ずつプロフィールを見ていこう。
そう思いました。
でも…
正直に言うと、
私は、
全然ワクワクしませんでした。
40〜45歳。
同世代の男性。
なのに、
なんだか、
老けて見える人が多い…
顔が好みじゃない…
プロフィールを開くことすらせず、
この人も違う…
この人も違う…
そんな風に、
消去法で男性を見ている自分がいました。
見た目で判断しちゃいけない。
そんなこと、
わかっています。
でも、
第一印象を無視することなんて、
私にはできませんでした。
そして、
私は
そんな自分に、
一番ショックを受けました。
40歳の私が、
相手の外見を選り好みしている。
恋愛経験も少ない。
自信もない。
それなのに、
相手には、
若さや清潔感、
ときめきを求めている。
年齢を重ねるにつれて、
「人は中身が大事」
そんな風に思っていたはずが、
結局、私は見た目に囚われていました。
婚活って、
相手を探す場所だと思っていました。
でも実際は、
自分の嫌な部分を、
次々と突きつけられる場所だったんです。
私は、男性の選択肢の中にいなかった
さらに、
私を落ち込ませたのが、
男性側の
「希望年齢」
でした。
ある40歳男性は、
25~30代前半までの女性希望。
ある45歳男性は、
38歳までの女性希望。
など…
もちろん、
全員ではありません。
でも、
私が見たプロフィールの多くは、
そんな印象でした。
カウンセラーから、
「男性は年下の女性を希望する方が多いですよ」
とは聞いていました。
でも、
実際に数字を見ると、
やっぱり少し苦しかった。
40歳の私は、
最初から
選択肢の外にいるんだ。
そんな気持ちになったんです。
もちろん、
男性が年下を望むことを
否定したいわけじゃありません。
若い女性に魅力があることは事実。
子どもを望むなら、
年齢を気にするのも自然なこと。
頭ではちゃんと理解しています。
でも、
理解できることと、
傷つかないことは、
別なんですよね。
私は、
必要とされていない。
私の人生も、
私が大切にしてきた価値観も、
誰にも必要とされないんじゃないか。
そんな風に、
勝手に思い込んでいました。
被害妄想かもしれません。
でも、
婚活を始めたばかりの私は、
そんな風に思ってしまうくらい、
自信を失っていました。
「どちらでもいい」という言葉に、私は勝手に期待していた
さらに、
私はもうひとつ、
現実を突きつけられました。
子どもの希望欄。
私は、希望欄に
「どちらでもいい」
と書いている男性なら、
子どもを望まない私のことも
受け入れてくれるんじゃないか。
そんな風に思っていました。
でも、
プロフィールを詳しく読むと、
多くの男性が、
「子どもが大好きなので、
授かれば家族で楽しく暮らしたいです。
授からなかったとしても、
夫婦二人で支え合っていきたいです。」
と書いていました。
私は、
そこで気づきました。
ああ、
「どちらでもいい」
って、
最初から子どもを望まない人生を
受け入れるよ、という意味じゃないんだ。
子どもを望む。
でも、
もし授からなかったら、
それも受け入れる。
そういう意味なんだ。
私は、
また少し、
孤独になりました。
子どもを持たない人生を望むこと。
私にとっては、
ずっと変わらない大切な価値観。
でも、
婚活の世界では、
その価値観が、
私を少数派にしていく。
そんな現実が、
苦しかった。
40歳からの婚活は、もう手遅れ?
20代で婚活を始めていれば…
遅くとも30代で婚活を始めていれば…
もっと、
選べたんじゃないか。
もっと、
選んでもらえたんじゃないか。
そんな後悔ばかりでした。
まだ、
お見合いすらしていない。
何も始まっていない。
それなのに、
私はもう、
人生そのものを後悔し始めていました。
本当は、
職場で知り合って、
少しずつ仲良くなって、
気がつけば結婚していた。
そんな、
「自然な出会い」に、
憧れていました。
でも、
私には、
その「出会い」は来なかった。
だから私は、
40歳になって、
プロフィール写真を見て、
条件を並べて、
知らない人と会おうとしている。
それが悪いことじゃないのは、
頭ではわかっています。
でも、
どこかでずっと、
「こうじゃなかった人生」
を諦めきれずにいました。
友人たちは、
同級生や職場の人と結婚して、
夫婦になって、
親になって、
家族の思い出を少しずつ増やしている。
それを見て、
羨ましい…
そう思ってしまう自分がいる。
そして同時に、
なんで私は、
こんな風になってしまったんだろう…
と、
今の自分が、
少し惨めに感じる日もありました。
前を向いていく!と決意して
婚活を始めたはずなのに、
未来を見るより、
過去ばかり振り返っていました。
婚活は、自分の価値観を突きつけられる場所
私は、
結婚相談所に入れば、
誰かと出会って、
前向きになって、
少しずつ幸せに近づいていく。
そんな風に思っていました。
結婚相談所は、相手を探す場所だと。
でも、
実際は違いました。
婚活は、
自分の弱さや、
欲深さや、
諦めきれなかった理想と、
向き合わされる場所だったんです。
40歳の私。
恋愛経験も少ない。
自信もない。
選べる立場じゃない。
そう思っていたはずなのに、
私は、
相手の見た目を気にしている。
年収を気にしている。
清潔感を気にしている。
結局、
私は、
自分のことを棚に上げて、
相手にばかり求めていました。
そんな自分を、
見るのが本当につらかった。
誰よりも自分に失望した
私は、元々、
結婚相談所に偏見を持っていました。
【結婚できない人が集まる場所】
そう思っていました。
でも、
カウンセラーと話して、
ここは、
【誰かと生きたい。
でも、
一人では踏み出せない。
そんな人たちが、
勇気を出して、
人生を前に進めようとしている場所】
そう思えるようになっていたハズでした。
なのに、
私は、
男性のプロフィールを見ながら、
また偏見を持っていました。
人を見た目で判断している。
人を勝手に評価している。
婚活で失望した相手は、
男性たちではありません。
結婚相談所でもありません。
婚活を通して見えてきた、
私自身でした。
人を見た目で判断する私。
相手にばかり求める私。
若さを失った自分を受け入れられない私。
婚活は、
相手探しの場所じゃなかった。
自分がどんな人間なのか、
思い知らされる場所だったんです。
それでもお見合いを申し込んでみた
私は、
結婚相談所に登録してから、
しばらく、
誰にもお見合いの申し込みをしませんでした。
全然そんな気持ちになれなかったから…
すると、
カウンセラーから連絡が来ました。
「ほんの少しでもいいなと思ったら、
申し込んでみてください。」
「最初は、
お見合いの練習くらいの気持ちでもいいんですよ。」
私は、
200人の中から、
3人にお見合いの申し込みをました。
1人には断られ、
2人とはお見合いが決まりました。
本当なら、
嬉しいはずです。
でも、
私は全然嬉しくありませんでした。
「ああ……
お見合いが決まってしまった。」
そんな気持ちだったんです。
会いたい。
じゃなくて、
会わなきゃいけない。
お見合いが義務のように感じられました。
私はまだ、婚活の本当の厳しさを知らなかった
プロフィールを見て落ち込み、
自分の嫌な部分を思い知らされて、
もうやめたいと思った。
でも、
この時の私は、
まだ知りませんでした。
婚活の苦しさは、
まだ始まったばかりだったことを…
勇気を出して申し込んだ、
初めてのお見合い。
私はそこで、
「誰かに選ばれないかもしれない怖さ」
より、
「誰かと向き合うことの難しさ」
を、
思い知らされることになります。
お見合いの帰り道、
私は駅のホームで、
「婚活なんて、
もうやめてしまおうかな」
そんなことを、
ずっと考えていました。
「誰かと生きたい」
そう願って始めたはずなのに、
私はまた、
一人で傷ついていました。



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